虚無の会を今度開きます。急遽、決まったため十分な場所の確保ができなく、また、十分な準備もできていないので、少人数での会になります。後日、準備万端となりましたら誰でも参加できる会を開きます。以下、その虚無の会の方針を定めるための方針です。
表現は日々細分化されて、誰もがその全体像をつかめないでいる。短絡した考えかもしれないが、それゆえに、個々の表現は袋小路に突き当たる、あるいは、井戸の蛙になってしまう、というのが私の漠然とした全体像である。そこには、マニアックでいて不毛な道しか残されていないように思う。だから、詩、マンガ、アニメ、小説、批評、音楽、等等、あるいは、路上での運動、身体表現、等等…また、「日常もまた表現である」もっとも広範な意味での表現行為者のコミュニケーションの場になれればというのが、「虚無の会」の一つの方針である。
しかし、まだ、それだけでは十分ではないだろう。個々の表現方法をお互いに話し合うことが困難であることは明白である。その橋架けとなるのが、思想だ。思想といってもこれも「表現」という言葉と同じく、もっとも広範な意味での思想である。自分と思想は関係がないと思うのは間違いであり、それもまた、一つの思想なのである。その思想の繋がりが、これまた漠然とした概念の「虚無」に他ならない。虚無といっても、どこから話していいのか解らないだろう。あれもこれも虚無なのだから。
だから、今回は比較的皆さんが読んだことがあるだろう下記の人々、作品について、話し合ってみたいと思います。
高橋和巳、埴谷雄高。 幻燈、架空、走馬燈、などの活動と作品。秋山 清、久保隆、小林坩堝作品などの詩について。
情況的話題:秋葉原殺人事件について。今後の活動について。
渡辺文樹監督について。
これらと違う話題も提供してもらえればありがたいです。 それぞれの違う表現についてどんどんつなげて話していければと思います。あと詩については資料を持っていきます。
- 2008/10/30(木) 14:08:13|
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