「もうダメだ。変に世界や自分に対する希望みたいなのを望もうとするから、いちいち落ち込む。希望がないのを忘れてはいけない。いつでもどうしようもない状況にいて、絶対にどうしようもない自分であることを覚えていないといけない。こんな心情は立派な観念の自家中毒だが、その観念の自家中毒を引き起こすのは諸々の解釈のしようがない事実群だ。
対処のしようがない事実に対して観念の自家中毒のキボウやなんやらが噴出する、取り敢えず、対処しておこうとする観念の自家中毒。
秋葉原無差別殺人事件の犯人の殺し方と私達の生き方はそう変わらないと思う。
生きるのにも死ぬのにも殺すのにも、共通して理由がない。気分の問題であり、気持ち良いか悪いかの問題である。そのような感性も無くしてはならないが、私は生きるのにも殺すのにも死ぬのにも理由がないと怖くてしょうがない。誰か教えて下さい。」
- 2008/06/30(月) 10:30:00|
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