今の表現における現状はなにもないものばかりだと糾弾する文には、もううんざり。
そういう文はいつもその現状のなかに批判する主体が居ない。外から批判する態度だ。だからその結果として充分な原因の言及もなく、ただの悪口になっていてそれこそ「なにもない」文に陥っている。
時代を否定するにはいつも自己脱皮的でなければならない。時代を否定するのに神の視点から(観念的)の否定的言説は愚劣だ。あくまでもその時代に共に生きる者として、その時代を否定していく自覚がなければならない。
- 2008/06/23(月) 13:39:13|
- 未分類
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0