虚無の会

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走馬燈、創刊の経緯

色々知っている人や自分の世界感を持つことができる人はある程度、余裕をもつこともできるだろう。
今、自分が描くことも書くことも、ましてや言うことも、すべて自分で自分の言ったことを理解したことではない。
今、あまりにも自分は勉強不足だし人生の経験だって浅い。親にはよく「書かれたことを読んで「世界はこうゆうものなんだ」と決め付けないで、外にでて経験しなければだめだ」という。まったくそのとおりだ。
描くときも、人に話すときも感じる歯痒さは
話すということは「人に自分のなにかを伝えているわけではない」ということ。

今となって考えてみれば、そんな思いは傲慢からくるものだ。

自分はマンガや言葉を信じすぎていたし、それでなんでもできると考えていた。今となって思うのはマンガも言葉も、沈黙を語ろうとすることでしかないのではないかということ。

しかし、今のマンガの状況を見ていると、沈黙を自ら作品内で語る(告発)のではなく、沈黙の内に閉じこもっているのではないか、としか思えない。自らの感性があっている者どうしが仲良くやっていればいいかのようだ。
多分、これからもそうなるしかないんだろう。一つの社会の中で一人、異議を申し立てれば、自分の存在を曝して「だったら、ここに居なければ?」と言われて終わりだ。

走馬燈はその沈黙に呑まれぬために発刊された。
けれど、あの対談は自分の言いたいことを言っている文章ではなかった。実際キーボード打っている間、自らを裏切ってしまっているような喪失感に苛まれていた。自分の言いたいことも姿勢も決まっていない。

しかし、姿勢が決まるときなんて何時だ。だから走馬燈の文章は自らの苦悩も表現できない苦悩の表出となった。そんなものが人に伝わるはずもないだろう。

おそらく、自分は作品や人を馬鹿にしすぎていたのだ。これからは可能な限り自分を疑い、人、作品を凝視して表現をしていこうと思う。










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  1. 2007/12/25(火) 02:06:40|
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時間が足りない、当たり前のこと

のではなく時間はあるのだが、それに足りる集中力がない。
読みたい本は大量にあるのだが。

ところで、今だにマンガという物が自分にとってなんなのかが解らない。
そういう意味では(当たり前だけど)マンガは厄介だ。

解き解して、解説できるマンガであれば、それほどツマラナイマンガはないだろう。
あるマンガの見方に囚われるときに、ある自分の基準、基盤に囚われるときにマンガを論じるのは楽だ。囚われなければマンガを読んだりできないわけで、
飛躍すれば人と話すこと自体が、自分の基準に沿った形でしか人は対応できないはずだ。
その形に今の自分は興味がある。マンガを描いていると考えざるを得ない。
あらゆる表現が、ある既知の思想や哲学、論理の下敷きの通りに表現される場合、物凄くツマラナクなるのは当たり前だ。だが、それは思想、哲学、論理などを放棄することでは決してない。表現する者は放棄しようとしても放棄できるはずがない。
表現者は無軌道でありながらも思索者であって、穴を掘るような行為である。評者はそれに対し真摯に受け止め全力で作品と向き合うべきだろう。だから、ある思想面については黙して語らず、というのは傲慢でしかない。

自分は思うのだが、作者は自分が理解できないある物に向けて描き、読者もそのある理解できぬ物に目を向けるのだから、メッセージという形式に表現は完全には当てはまらない。(メッセージにでさえも一方的な伝達とは受け止めきれないものがある)
作者は読者にあるところまで導く作業をしているのではないだろうか。
そのあるところからは、無数の回答が得られる。その回答が次の試作に向かわせる。




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  1. 2007/12/22(土) 18:08:04|
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走馬燈 納品完了しました

タコシェと北冬書房に十冊づつです。定価240円です。対談とちょっとの文とマンガです。
執筆者は、
西野 空男、佐々木 実、夜業タダシ、斉藤 種魚、キミイル キミナル、夜野 他人、

です。 


最近また昼夜逆転してます。本に夢中になってるうちに、新聞配達の自転車の音で4時になったのに気づきます。「キキっ」というブレーキの軋みの音が聞こえると、なんだか自分が取り返しのつかない悪い夢のなかにいて、罪悪、責任を抱えたまま駄目になってゆきそうな気がしてきます。それに対する了解と開き直りが持てられれば、ほんの小さなことのために頑張れそうな気がします。

多分、こんな文章を書くのは森田童子を聞いてるからだ。
  1. 2007/12/21(金) 16:05:29|
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走馬燈 準備号 告知

走馬燈 準備号は二十日にオケラ舎を代表して斉藤さんが上京しタコシェと北冬書房に置かせてもらう予定です!
宜しくお願いします。
  1. 2007/12/16(日) 17:02:27|
  2. 創作
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走馬燈

死ぬ瞬間に今までの過去を現実だと固く信じられるだろうか。

とかなんとかボヤッとしているうちに、「走馬燈」準備号がとりあえず二冊完成しました。
といっても家のパソコンがちょっとかなりポエ〜ンなんで、編集とその二冊の製本は殆ど斉藤さんが作った物です。自分はといえばアイディアを出したり(悪くいえば口出しをする)しただけといっても過言でないです。その他のことでも頼りっぱなしで(本作るずっと前からなんですが)ヤギョウタダシも、もうちょっとしっかりせにゃああかんでぇ、と朝ドラの擬似関西弁を一人呟いてしまうのごとく申し訳なく思う所存です。

で!今回執筆してくれたヤヤタニンさんと電話でタニン作品をまたボロクソに批評したらまたキレて不貞腐れてました。「批評家面して偉そーに!!」と噛み付いてきたので、「俺は批評家ではなくて妄想家だす」と言ったらキレました。多分、電話と血管がダブル・カットです。彼は中学生時代にリストカットをする代わりに眉毛カットをしたといってました。代わりに?

近々、振込み先などもこのブログとかにアップする予定の所存です。
あと走馬燈は優れた作品を大募集します。でも優れていても走馬燈向けでないのは他の雑誌に投稿することを進めるかもしれません。いや、走馬燈の方針を崩すほどの大傑作が来れば...なんてフテブテシイ妄想してますが、肝心の投稿が来ないとだからな〜。と思っている所存です。

時々思うんですが、自分はこのブログで「思う、思います」としか書いてないきがしました。優柔不断な性格だからだと思います。











  1. 2007/12/11(火) 21:25:44|
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この夜業タダシを見よ

なぜ夜業ただしはこんなにも賢明なのか

なぜ夜業ただしはこんなにもいい文章を書くのか↓

なぜ夜業ただしは一つの運命であるのか

[この夜業タダシを見よ]の続きを読む
  1. 2007/12/06(木) 22:11:58|
  2. 日記
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プロフィール

夜業 タダシ

Author:夜業 タダシ
社会不適合者。

オケラ舎から「走馬燈」準備号、発売中!マンガ雑誌です。北冬書房、タコシェ、模索舎に置いてもらってます。
連絡は inngoudrgbaik@hotmail.co.jp まで。

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