虚無の会

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媒介人になりたい 近況

 11月には、「黒子」という雑誌を、誰かが発行するらしいです。 ほとんど出来ている内容をチラっと見せてもらったのですが思わず「これを雑誌として出すの?」と聞いてしまいました。

 

 
 さて金ゐさんのブログでは意外にそして有難いことに走馬燈一号が絶賛されていました。そして山羊タダシの作品の「見開きをビリケンで売って欲しい。」と書かれていました。残念ながら一番びっくりしたのはここです。

 走馬燈の(というより私のほうだけ)活動資金が今、底をついています。ので、そのためのお金が是非とも必要です。あの見開きのページは2ページで書いたものですので、もしよろしければ別の紙に新しく今の自分をかけて描いたものを買ってもらえると助かります。上の金ゐさんの文章が本当であるならば。
そのお金はすべて活動資金にあてさせていただきます。




  もうやりたいことをやっていいんだか、だめなんだか、よくわかりません。自分の譲れない誠実さとは、空っぽだったりするのじゃないか。
  1. 2008/09/05(金) 14:08:38|
  2. 漫画
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ダメさに身を浸す

 「自分自身の不幸な境遇を望む人は居ない。いつでも、不幸は予知しないところから偶然、来る。
身体から、社会から。
その偶然を「自ら望んだ」と思うことによって、自らを治療、健康にすることを人は望む。(多分、にーちぇはそんなこと言ってた)

自ら望んだと言うために、不幸を題材とした表現(?)があるのではないだろうか。人が日常で行う反省はその行為であると思う。

読者に理解してもらうために作品は書かれるが、理解してもらうのと「自分と同じ感性、領域の人のために書く」のとは全然反対であると思う。
読者に理解してもらう場合には、自分の感性、領域を読者に合わせる必要などない。
自分と同じ感性、領域の人のために書く場合にはどれだけ技巧が優れて反省が良く出来ているとしても、ただの反省の域をでない。

読者に理解してもらうとしてもなにを理解してもらうのか。


「…さて、バウマンのコミュニティ論であるが、その結論は「このままではコミュニティは際限なく衰退していくばかりだろう」というものになっている。
 そう結論づけたくなる原因はいくつかある。柔らかいところからいえば、まず第1に、「放っておいてほしいんだ」「どこにも属したくないんだ」と言いたい連中が急激に広まっているということがある。これを社会学では「脱領域性」(exterritoriality)というのだが、自分の周辺以外は無関心でいたい、所属領域から分離されていたっていい、面倒なら引き下がればいいんでしょうというような心情が、企業にも近隣にも官僚社会にも学校にも蔓延しつつあるわけなのだ。…これでは本気のコミュニティなどできるわけがない。せいぜいブログやミクシィで疑似コモンズに遊ぶ程度のことだろう。しかし本当のコミュニティは「本気になるのは勘弁してね」ではなくて、「勘弁を本気でつないでいくこと」にこそ始まるものなのである。…ついで、これらの柔らかい現象は、もう少し深刻なことにもつながっていた。すなわち第3には、そうした感覚がいまや「新たなアイデンティティ」をもたらすという“勘違い”を決定的にもたらしつつあって、それが社会における流動性をさらに加速させているというふうにもなっているということだ。
…」(↓URL松岡正剛の千夜千冊 )から

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1237.html
  1. 2008/05/01(木) 12:43:49|
  2. 漫画
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複雑な心境

http://blue.iruka.ne.jp/a10/iruka.cgi?kasihon 

 確かに、宮岡さんの指した作品群は雰囲気の粋を出ないかもしれない。つまりこちらが作品について書く以前に書くべきほどの思想(広義の意味での)が描かれていないので、作品について書けない。

 しかし、自分の意見はちょっと違う。川崎作品には、当然ながら写真だけ(所々加工されている場合もあるけど)使っているというのが解ってしまい良い作品だとは思えない。
 確かに写真を使うことで、ある効果が得られる可能性はある。しかし、この作品ではそれが成功しているとは思えない。

 それに対して、吐血作品、佐々木作品にも不安にさせる危うさは見受けられる。この危うさは自分自身に対してのものでもある。しかし、そのような危うさもなく今の世代が描けること事態がおかしい。 その私自身ものでもある危うさと対自していくしかない。この両作品はまだ描いていない。まだまだこれから描いていくしかないし、自分はその作品を見てみたい。
 ある非の打ち所がない完璧な作品のコピーを何回も見るよりは、模索していく過程の失敗作のほうを自分は見たい。むしろどんどん(誰から見てだかしらないが)失敗していくべきだ。

 一つの方法があるとして、それを参考にするのはいいが別の複数の方法と比べ、その方法では駄目だというのはおかしい。まだ誰も試していない別の方法は楽天的だと言われるだろう。そう云われながら模索するほかない。
  1. 2008/04/04(金) 10:14:59|
  2. 漫画
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プロフィール

夜業 タダシ

Author:夜業 タダシ
社会不適合者。

オケラ舎から「走馬燈」準備号、発売中!マンガ雑誌です。北冬書房、タコシェ、模索舎に置いてもらってます。
連絡は inngoudrgbaik@hotmail.co.jp まで。

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